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2003年9月28日撮影

ブラジルユース事情 TEXT by mengo
仙台カップ組、続々代表入り
「デニウソン!レギュラー奪取か!?」、「アレシャンドレ・パト、レアルのオファーを蹴ってミラン入り!」「ルーカス、鳴り物入りでリバプールと高額契約!!」今年になって、こんなニュースが世界中を飛び交っている。ご存知のように、この3人いずれも仙台カップの卒業生である。

最近ふと思うことがある。現在のブラジル代表にユースなんてカテゴリーは必要なのだろうか?と。一般的に監督が交代すると、チームの性格はがらりと変わると言われる。俗に「オシムマジック」と呼ばれている日本代表もそのひとつだろう。特に彼の場合は、世代の垣根を越えた大胆な若手起用で、マンネリの選考に食傷気味だったマスコミ界に大きな刺激を与えている。
世界に目を向ければ、アーセナルのセスク・ファブレガス(20才、スペイン代表)、セオ・ウォルコット(18才、イングランド代表)、史上最年少の14才でプロデビューしたフレディ・アドゥ(18才、アメリカ代表、ベンフィカ)など、20才前後の選手たちがナショナルチームを席巻している。ブラジルもその例に漏れず、昨年のドゥンガ監督就任以来、ルーカス(06年10月7日、クウェート戦、途中出場)、デニウソン(06年11月15日、スイス戦、出場なし)、イルシーニョ(07年3月27日、ガーナ戦、途中出場)といった懐かしい名前が、トップチームの舞台を踏んでいる。
特にこのイルシーニョのこと、何人の方が覚えておられるだろうか? 2003年にパルメイラスの右サイドバックとして来仙し、スピードを生かした攻撃でブラジルの初優勝に貢献した選手である。しかし、ジェルソン(現フラメンゴ)やディエゴ・タルデリ(PSV→現サンパウロ)などの仲間が、次々と欧州に移籍していくのを尻目に、長年負傷により不遇をかこっていた。それが昨年サンパウロに移った途端に突然の大ブレイク。ブラジル全国選手権では、右サイドのMVP候補にまでノミネートされた。そうした活躍がスタッフの目に留まり、フル代表の切符をつかんだのだが、彼の快進撃は留まるところを知らず、先日ウクライナのシャフタル・ドネツクへの入団が発表になっている。
また6月のU-20ワールドカップでレギュラーGKだった、カッシオ(グレミオ→現PSV)という若者がいるのだが、長年にわたるブラジル代表の歴史のなかで、彼ほど異色の経歴の持ち主はほかに見当たらないだろう。カッシオは今年3月のチリ戦(3月24日)、ガーナ戦(3月27日)に初選出されたが、この時点でグレミオでも第4GKに甘んじトップチームでの出場なし。また、いずれの年代でもユース代表としての経験がなく、まさしくぶっつけ本番による人事だったのだ。聞くところによれば、たまたまドゥンガがU-20南米選手権を視察した試合で、彼が大活躍したのだそうだ。


 年齢や実績ではなく、招集時点での実力をあくまでも重視するドゥンガの哲学は首尾一貫しており、今月22日のアルジェリア戦のメンバーにも、ごく当然のようにルーカスの名前が載っていた。このように20代前半の選手の起用が珍しくなくなった状況では、ユースというカテゴリー分けをすること自体無意味に思えるのだ。実際にU-20ワールドカップと同時期にベネズエラで開催されたコパ・アメリカでは、本来カナダにいるはずのFWアンデルソン(FCポルト→マンチェスター・ユナイテッド)が活躍していたのだから…。いわゆるタレント発掘の場としてのユースというカテゴリーから、すでに臨戦態勢を整えたブラジル代表Bチームとして認識したほうがよいのかもしれない。長年親しんできた「ブラジルユ―ス事情」というこのコーナーのタイトルも、そろそろ幕引きの時期に来たようである。
ユース王国の終焉、そして復活へ
 現役を引退して以来、テレビなどのマスコミを通じて若手を評価してきたドゥンガは、「いまのブラジルチームは実験施設のようなもの。コパ・アメリカ(7月末終了)、北京五輪(来年8月開催)に向けて、いろいろな化学反応を試してみたい。」と今後のビジョンについて語っている。これは今年1月のU-20南米選手権優勝と同時に、五輪への出場権を得たブラジルの特殊事情を考慮したものだ。ただ残念ながら、彼の「セレソン向上計画」に黄信号が点滅するような事態がカナダで起こってしまった。そうである。U-20ワールドカップで優勝候補ブラジルが味わったベスト16敗退の屈辱である。


 2004年の仙台カップ以来、チームを指導してきたネルソン・ロドリゲス監督にとって、やっとめぐって来たビッグチャンス。歴代の仙台組を主軸にレアル・マドリード、ベンフィカ、CSKAモスクワといった強豪チームでの経験者を新顔に加えた布陣に、タイトル奪取への死角はないように思えた。しかし、大会前のルーカス離脱の穴を埋め切れず、実力の半分も出すことができぬまま日程半ばで姿を消すことに。この結果、U-17→U-20→五輪→W杯と続くはずのネルソン王朝にも終止符が打たれ、同時にブラジルユース代表の完全リニューアル化が図られることになった。
惨敗を喫したスペイン戦を終えた深夜、バンクーバーのあるホテルで今回を最後にその役目を終えたコーチ陣たちと語り合う機会があった。その中のひとりが「カナダで好成績を残したら、ネルソンと一緒に仙台に行くはずだった。メンバー選考も終わって、あとはリストを提出するだけだったのに。」と語ってくれた。また、今回のチーム指導の難しさとして過熱気味の移籍報道をあげていたが、事実として大会後、アレシャンドレ・パト(インテルナシオナル→ACミラン)、ウィリアン(コリンチャンス→シャフタル・ドネツク)、レアンドロ・リマ(サンカエターノ→FCポルト)など、多数の選手がチームの不振にもかかわらず欧州へと活躍の場を移している。
グローバリゼーション――GLOBALIZATION――。大会中ネルソン監督は何度もこの言葉を口にしていた。各大陸・各国間での戦力の均衡化、あるいは増加の歩みを止めない欧州移籍に伴うチーム編成の難しさを、ひと言で表現しているのだが、こと今回のユース代表では、スタープレイヤーの扱いに閉口したと、スタッフたちは本音を打ち明けてくれた。「年収数億円もらってる奴が、月給数十万円の選手の指示を聞くと思うかい?」国の威信をかけてというよりも、目の前にぶらさがった大金のために…というのが若きセレソンの悲しい現実なのである。


 さる8月7日、ブラジルサッカー協会から仙台カップのメンバーが発表になった。完全に白紙状態のU-18ブラジル代表。「ユース代表の後見人」を自負する筆者にとっても新顔ばかりでコメントすら浮かばぬほどのリフレッシュぶりだった。そのなかで監督のロジェーリオはフラメンゴファンには懐かしい名前だ。本名はロジェーリオ・モラエス・ローレンソ。1971年生まれの36才で、現役時代はフラメンゴ一筋。センターバックとして280試合に出場し、92年のブラジル全国選手権優勝に貢献した。最近ではフラメンゴのジュニアユースを指導していた。注目メンバーとして当初のリストには昨年もキャプテンとして出場したシジネイ(インテルナシオナル)や、コリンチャンスで活躍するFWのデンチーニョの名前も見られたが、結局チーム事情で不参加が決定している。実はひとつ年下のU-17世代には、天才プレーヤーが蠢いているのだが、タイミングの悪いことに現在韓国でワールドカップの真っ只中である。
 昨年のパトの記憶を消し去るような存在がいるのだろうか? この問いに、2004年にスーパーバイザーとして来仙し、現在フルミネンセのユース部門を統括するブルーノ・コスタ氏が、胸を張って答えてくれた。「それは間違いなくサンパウロのセルジオ・モッタだよ。」セルジオは仙台カップ終了後にプロデビューが噂され、今年5月のワールドカップ強化合宿にも参加している逸材。「デニウソンのことを思い出すといい。足元がしっかりして視野が広く、スピード豊か。我々フルミネンセにとってもホントに危険な奴だよ。」その潜在能力の高さは日本にも伝わってきており、実際にプレイを見る日が楽しみだ。彼のほかにコリンチャンスのサイドバック、エベルトン・リベイロも、U-20代表候補にあがったことがある。それからちょっとした話題としてGKのラファエル(パルメイラス)の名前を覚えておいて欲しい。この選手、ニックネ―ムがジーダというのだが、チームメイトのMFデイヴィヂ(2005年仙台カップ出場)によれば、本当にあの偉大な名選手に似ているのだそうだ。ただし顔だけだが…。  


カナダでの忌まわしい記憶を払拭し、2009年のU-20ワールドカップエジプト大会への道を歩み始めた新生ブラジル代表。大会前の状況としては、2004年の場合と似ているように思える。あの時は初代表となったルーカスが実力の片鱗を披露して、フル代表への第一歩を刻んだ。「実力は未知数。期待度十分」スター不在の今年。ゼロからのスタートを切るセレソン。仙台カップ発足時の原点に戻って、まだ見ぬタレントを探しに行こう。
 
▼過去大会のブラジルユース事情

□仙台カップ2006 ブラジルユース事情

□仙台カップ2005 ブラジルユース事情